専任教員インタビュー集
子どもに「もう帰るの?」と言われた会社員時代
研究室の棚にずらりと並ぶ、レトロなフィギュア。「お好きなんですか?」と尋ねると、その“持ち主”である村上敏也教授は、これらのフィギュアを収集した意外なきっかけを口にしました。「若い頃にITベンチャーで働いていたのですが、ほとんど家に帰れませんでした。深夜に帰宅したある朝、仕事に行こうとする私に子どもが『もう帰っちゃうの?』と一言。本当にショックでした。子どもとの時間を増やそうと、自作のボードゲームを子どもと考え、駒代わりに使えそうなフィギュアを探しているうちに、パパだけがハマって大人買いしていました。今は、家族との時間を忘れないように、研究室に飾っているんですよ」
村上教授は学生時代から複数のITベンチャーで奔走し、ITバブルも経験。仕事に没頭するあまり、一度は大学院の修士課程に籍を置くも、修士論文が書けずに退学したといいます。ビジネスの現場まっしぐらだった人が、なぜ今は教員として会計やデータ分析を教えているのでしょうか。
「ベンチャー時代の終盤、家族との幸せな生活のために働いていたはずなのに、いつしか迷走し疲弊しきっていきました。妻とも相談し、いったん休職することに。そのとき、たまたま入ったレストランに慶應ビジネススクールの願書受付中という広告があったのです。大学院中退という挫折が、心のどこかに引っかかっていました。今度こそ修士論文を書きたいという想いで応募しました。それが教員になる最初のきっかけでしたね。といっても、当初は2年ほど休憩をかねて勉強し、またベンチャーの世界に戻るつもりだったのですが…」
このとき選んだゼミが会計でした。「会計や統計?データ分析がベンチャーの現場で使いこなせていれば、もっとみんながハッピーになれたに違いないと思いました」データ分析をもっと学びたいと考えていた中で「勉強に使えるデータでもっとも豊富なのは企業の財務関連の情報で、会計とデータ分析との組み合わせは相性抜群だと感じました」とのこと。加えて、指導教授が自分で組み立てたパソコンを使っているのを見て「私もバイト上がりの技術管理職だったこともあり、デバイス好きなので、この人なら話が合いそうだと思いました」と明かします。
教員就活は「学位をもらえないのはいやだから」
念願の修士論文を書き終えた後に、指導教授からの誘いもあり、ビジネスの世界には戻らずに博士課程へ。しかし、指導教授の専門は会計を数理モデルで解析するという超ハードな理論研究。「これまで数学から逃げ続けた人生でしたが、かつて挫折した修士論文と同じく、その大切さは身にしみていました。先生に頼み込んで博士初年度は経済数学の基礎から学びました」これが、教員への道に進む転換点となります。
「指導教授は学術分野でキャリアを築かれた方なので、先生と同じ教員への道を進まないと、学位がもらえないと勝手に忖度してしまいました。学位がもらえないのはいやなので、形だけでも教員を目指しました。とはいえ研究実績もなく、なかなか拾ってもらえません。結局70校くらい受けました。落ちるたび、これまでの自分が否定されていくようでした」
しかしこのとき、県立広島大学がビジネススクールを新設し、会計を専門とする教員、それもケースメソッドという教授法で会計を教えられる教員というレアな募集にめぐり逢い、見事に就職。「私はケースメソッドの教え方を学んでいたので、まさにドンピシャでした」以来、広島との関わりは続き、今も県主催のイノベーション道場を通じて、業界や組織を超えてさまざまな参加者が議論しながら学び合う協働の場づくりに挑戦中です。
「KITに来たのも意外なきっかけでした。ネットで知った三谷宏治教授に広島での講義をお願いに参上したところ、話していくうちに私のことに興味を持ってくださり、気づけば『君がKITにおいでよ』と(笑)」
データやAIはツール、それを使ってみんなでどう動くか
村上教授が教えるのは、会計データに特化した「会計?財務要論」のほか、世の中のあらゆるデータを使った企業の意思決定プロセスを学ぶ「ビジネス分析要論」、さらにはAIによるデータ活用の科目も担当しています。「高度な統計やデータ分析には数学が必要ですが、不得意な人も多いはず。でも大丈夫です。私も数学が大の苦手だったので、アレルギーがある人の気持ちもわかりますし、苦手な中で必死に勉強した分、教えるのは上手いと思いますよ」
教え方においてもうひとつ特徴的なのが、個人ではなくチームによるデータ活用に主眼を置いていること。その理由はこんなところにあると言います。
「1人では出来ないことをみんなで実現するのが組織です。会計やデータ分析、AIはあくまでツールであり、私が一緒に学びたいのは、それを使って周りの人と何をしていくか、みんなでどう一緒に動くかということ。講義もみんなで考えるスタイルにしているのはそんな意味があるんです」
みんなで動く大切さを実感したのは、やはりベンチャー時代。「協力すればうまく行くのに、全部自分でやろうとしていた。当時はそれが人のためになると思っていたんです。大きな間違いでしたね」。若き日の失敗は、講義での教えにつながっています。今ではみんなのチカラを集結すれば地域?社会の課題解決も夢じゃない、という思いから野村恭彦教授とケースメソッドを駆使して「ソーシャルファシリテーション特論」も開講中。
ITベンチャーを経て、思わぬ流れでたどり着いた教授の道。その仕事に大きなやりがいを感じ、学生の中にも、地方のセミナーで村上教授と出会い「また教えてもらいたい」とKITに入学した人もいます。いつもにこにこ、愛されキャラの教授はさまざまな経験を活かして、今日も教壇に立っています。