専任教員インタビュー集

上野 善信
Yoshinobu UENO
教授/MOT/博士(工学)
日本的「あうんの呼吸」から脱せよ
DX成功のステップは、サプライチェーン管理の進化から
上野善信

SCMが進まないとビジネス全体のDXが起きない理由

今や経営の最重要項目となったDXは、デジタルを引き金にビジネス“全体”の変革を目指すものです。しかし日本では、部門ごと?機能ごとのDXに留まることが多く、企業全体の変革に及ぶケースは少数ではないでしょうか。

その背景として、日本企業の「サプライチェーンマネジメント(SCM)」が進んでいないことが一因にあると語るのは、上野善信教授です。

SCMとは、調達、製造、輸送、在庫、販売といったサプライチェーンを機能ごと分けず、全機能を統合的に管理し、全体最適を図るもの。上野教授はメーカー系のシステムインテグレーターでSCMのコンサルティングを行ったほか、ベンチャー企業立ち上げやキャップジェミニジャパン代表取締役といった立場でもこの領域に関わってきました。KIT虎ノ門大学院では、SCMの概念をもとに「オペレーションズマネジメント(OM)」の講義などを担当しています。OMは「サプライチェーンよりふた回りほど大きく、人材採用や教育といった機能も含めて統合管理するもの」と説明します。

冒頭の話に戻りましょう。なぜSCMが進まないとビジネス全体を変革するDXが起きにくいのでしょうか。

「SCMは、サプライチェーンにおけるモノ?カネ?情報の流れを綺麗に整理し、全体で管理することとも言えます。DXはさらにその上の概念で、企業同士の価値交換の方法や業務の形など、目に見えないものを対象にビジネスを統合的に変えなければなりません。モノ?カネ?情報という目に見えるものさえ統合管理できていなければ、その先の目に見えないものを変えるのは難しいでしょう」

なぜ日本の成功例には「オーナー企業」が多い?

大切なのは、このSCMが日本企業に根付いていない点。それがDXを部分最適に留まらせる現状を生んでいるといいます。

「理由として、日本社会はもともと構成員が同質で、あうんの呼吸が通じるがゆえにビジネスも現場レベルの調整で進めることができました。機能間のルール決めや約束を明文化する必要性が低く、また各個人の対応力や責任感も高いため、経営者が各現場に降りて管理するニーズは少なかったと言えます。一方、多様な人種で構成された諸外国では、日本と逆に、機能間のルール化や積極的な統合管理が必要だったのです」

たとえば日本のスクランブル交差点を見ると、混沌状態でも人がぶつからず避け合って歩きます。それは日本的なあうんの呼吸を示す一端であり、海外の人がその光景に驚くのは「自国で同じことを再現するのは難しいからでしょう」と上野教授。

しかし、こういった日本式の経営スタイルは「1980年代までのアナログ社会では機能したものの、90年代以降はデジタル化やサプライチェーンのグローバル化により通用しなくなりました」と話します。

「日本はルール作りの苦手を克服して統合管理を進めないと、DXやAIはどれも一部代替にとどまり、ビジネス全体の変革につながらないでしょう。講義ではこのような警鐘を鳴らしています」

とはいえ、悲観的な話ばかりでなく「日本にも成功例はある」と上野教授。ユニクロやニトリはその代表だといいます。

「2つの企業に共通するのは、どちらも経営者が若い頃から各機能を自分で見てきたことでしょう。さまざまな機能を統括管理するということは、場面ごとにどの機能を優先するか、トレードオフの作業にもなります。たとえば販売強化のために在庫を増やせば、ファイナンスはキャッシュが減り、物流負荷も増します。部門代表に判断を任せれば自分の所属を優先しやすく合理的な結論になりにくい。だからこそ、機能をまたいだ統合管理は経営マターなのです」

企業のCOOの役割は本来そこにあり、「理想はモノ?カネ?情報の部門をすべて3年以上経験した人材がつくこと」と助言。トラスコ中山などは、実際にそのスタイルを実践していると話します。

アメリカ留学を決めたのは「その頃、仕事が嫌で(笑)」

上野教授は、新卒で勤務したメーカーで製販統合のコンサルティングに従事し、当時アメリカで広まり始めたSCMを学ぼうと2年間留学しました。「アメリカ行きを決めた理由は、当時仕事が嫌で嫌で、会社を辞めようか迷うほどだったんです。そこで会社の留学制度があると(笑)」。意外な動機を漏らしますが、アメリカでは工学系大学院でサプライチェーンの本質を学び、同時に別の大学院でビジネス戦略を習得。「当時はSCMの概念が 成熟する前で、1つの大学院ですべて学べるほど体系化されていなかったのです」。

それから時代は進み、今やITでさまざまな要素?技術が結びつくように。オペレーションやサプライチェーンは複雑化しています。上野教授の専門領域はあらゆる業界で必要になっており、ある農業法人を営む学生は、上野教授とともに生産物にQRコードを掲載し、消費者とつながる実験を行いました。そこから収穫の動画を観れるほか、アンケートも用意。「モノの流れの中で生産者と消費者がコミュニケーションを取れるようになりました。こうした進化は市場のあり方を変える可能性もあります」と話します。

自身が大切にしているのは「心と体の健康」と言うように、快活な口調で語る上野教授。サプライチェーンやビジネスの機能が複雑化する中、経営に不可欠な視点を伝えていきます。

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