見当識障害者事故防止ワーキンググループ
見当識障害者事故防止ワーキンググループでは、見当識障害者(認知症患者)の「はいかい」によって生じる様々な課題や事故防止に空間情報の側面から対応策を考えています。
(1)見当識障害者事故防止WG 勉強会
見当識障害者(認知症患者)の「はいかい」による行方不明や事故被害の増加という課題に対し、空間情報工学分野から新たな対応策を考案した。見当識障害者に関する知見を得るため、精神医学や介護の現場に携わる異分野の方々との意見交換会?勉強会を定期的に開催し、被験者実験の実施等について協議を行った。今年度は高齢者を被験者とした実証実験を行った。実験終了後、実験結果について協力機関への報告を行った。なお、平成28年より開始した本プロジェクトは今年度をもって完了(終了)となる。
(2)被験者実験
令和3年度は高齢者を被験者とした実証実験を行った。実験ではスマートフォン(以下スマホ)又はGNSS ロガーを用いて被験者の徘徊行動を取得し、ときわ病院中本医師の指導のもと行動分析を実施し、分析結果よりデータ活用について検討を行った。
1) 実験内容
各施設から推薦された被験者へ実験機材を貸し出した。実験期間は4日間程度とした。期間中、被験者には貸し出した機材を携帯して日常生活を過ごしてもらった。期間終了後、貸し出した機材を郵送にて返却してもらい実験を終了とした。
被験者の移動経路を取得後、ときわ病院中本医師の指導のもと、行動分析とデータ活用について検討を行い、被験者の健康状態や行動パターンの分類などでの活用について検討した。
実験開始前に被験者の健康状態を確認した(確認は独自に作成したシートを使用)。確認項目は外出頻度、学歴および家族構成などである。また、被験者の認知機能の指標を得るため、「長谷川式認知症スケール(以下、HDS‐R)」を用いた。
HDS‐R とは、年齢,見当識,計算などの9項目からなる30点満点の認知機能検査である。この検査で20点以下だった場合、認知症の疑いが高いとされているが、この結果はあくまでも参考とした。取得点数が低い場合でも「認知症」と診断されるものではない。なお、回答は任意とし、結果は行動分析で使用した。
2) 使用機器
使用機材はスマホおよびGNSS ロガー(以下、Type2)である。スマホで使用するアプリはジオグラフィカとした。ジオグラフィカは無料アプリであり、目的地までのルート作成や記録などが可能である。なお、各機材の記録間隔は使用機器の最小間隔とした(ロガーは1秒間、スマホは5秒間)。使用した機材の性能を表2に示す。
3) 実験結果
3名の被験者実験を実施した。被験者は、野々市市郷?押野地区地域包括支援センターの紹介の80代女性2名(以下、A さん、B さん)、ひなの家押野の紹介の80代男性1名(以下、C さん)である。A さんおよびB さんはHDS‐R の点数が高く認知症の疑いが見られなかった。C さんはHDS‐R を途中でやめてしまったため、点数を算出することができなかった。
A さんの移動経路より、A さんは徒歩で自動車通りまで出ていることが分かった。これにより、Aさんは自動車通りまで出ようという活発な気持ちを持っており、元気な高齢者と判断できた。医師の所見によると、多くの高齢者は自然が多い公園といった場所を好んでおり、自動車通りまで出る高齢者が少ないことが分かった。また、A さんは移動中、私有地の通り抜けをして近道をしていることが確認された。この行為は若者に多く、元気な高齢者と判断できた(同医師所見)。一般に、多くの高齢者は他人の敷地内を経由する行為に抵抗感を抱いている。
また、A さんは河川にかかる橋梁を歩いていることが確認された。医師の所見によると、橋梁や河川付近の場所は、高齢者にとって危険な場所と認識されていることが分かった。さらに、河川付近を歩く高齢者は珍しいことも分かった。しかし、A さんは橋梁や河川の側といった危険な場所を抵抗感なく歩いていた。これにより、A さんは元気な高齢者と判断され、自然環境が好きな方と分類される。
次に、B さんの行動分析の結果をまとめる。B さんの移動経路は、11時16分~11時26分のデータである。約10分間で1.15km を移動している。短時間で長距離の移動しているため、当該日時は電動車いすで移動したと推定される。なお、被験者が電動車いすを所持していることは事前調査で確認済みである。被験者が電動車いすを利用しているのは、近年、運転免許を返納したことが関係していると考えられる。医師の所見によると、80代の高齢者が電動車いすを使用することは珍しいことが分かった。また、近所のA さんと比べて、自宅から遠くに移動したことが確認された。これにより、B さんは元気な高齢者と判断できた(同医師所見)。
また、目的地が娯楽施設付近となっていたため、B さんは娯楽施設に立ち寄ったと考えられる。これにより、B さんは娯楽施設や人混みが好きな方だと予想される。この思考には、B さんの元職業や学歴が影響している可能性がある。また、自宅の付近にある河川の側を通っていないことが分かった。つまり、近所のA さんと比べ、B さんにとって、自然環境は好きな場所ではないと予想される。
C さんの移動経路は、高齢者施設のスケジュール内の経路のため、行動分析に向いていないと判断した(同医師所見)。そこで、HDS‐R の結果および被験者の健康状態や生活環境などにより、C さんの認知機能について検討した。その結果、HDS‐R の回答や持病の症状、生活環境などからC さんの認知機能は高いと推定できた。移動経路以外にも、HDS‐R の結果や被験者の健康状態などから、ある程度の認知機能を推定でき、健康指標として利用が可能だと考えられる。
実験結果より、被験者の健康状態を確認でき、本手法を用いることで、見当識障害者を含む高齢者の健康指標を得ることができると考えられる。また、被験者の行動パターンを分類できたことから、本手法は見当識障害者が徘徊により失踪した場合の捜索に役立てることができると考えられる。最後に、本実験にご協力いただいた被験者およびご支援いただいた自治体、介護施設の方々に深甚なる謝意を表します。
連携企業?団体
- 社会福祉法人ときわ病院
- 野々市市介護長寿課
- 野々市市本町地区地域包括支援センター
- 野々市市富奥地区地域包括支援センター
- 野々市市郷?押野地区地域包括支援センター
- ひなの家押野
参加学生
- 環境土木工学専攻修士2年1名